「渚探訪:1

 たとえば建物を出た途端に、全天燃えるような夕焼けに出くわしたとき、人は誰しも心の中で感嘆の声を漏らすのではないでしょうか。あたりまえの昼からあたりまえの夜に移り変わる、ほんのひと時の「時間の渚」、それが感動を生み出します。

 たとえば長年の懸案だったビッグプロジェクトを成功に導いたあと、街角のカフェの一杯のコーヒーを前に、ひとは心からの解放感を味わうことでしょう。究極の緊張から究極の安堵へ移り変わる「心の渚」、それが明日の活力を生み出します。

 たとえば三菱一号館美術館の周りの溢れんばかりの緑。都会のど真ん中の超一等地を贅沢に使った空間演出には、誰しも一瞬で心を奪われることでしょう。ここには本家本元の海辺の汀を超越した、「空間の渚」そのものの迫力が存在します。

 これらが私の、渚は新しい価値を生み出す場である、という「渚理論」のコンセプトイメージです。その視点に立てば、今まで見過ごしてきた多くの渚が、それぞれの人の目の前につぎつぎと立ち現れるに違いありません。世の中は魅力的な渚で満ち溢れています。さあ、私と一緒に渚探訪の旅に出かけてみませんか?(つづく)

「渚探訪:2

 はじめに訪れる都会の渚は、おなじみのコンビニエンスストアです。全国津々浦々にありますから、わざわざ都会の、と銘打つこともなさそうですが、その理由はおいおい明らかになります。

 もしもコンビニエンスストアが、当初そうであったように、商品販売のみにこだわっていたら、今日の、ビッグを超越したグレートなビジネスにはなりえなかったことでしょう。仮に多少商品の品ぞろえを増やしたところで、競合するスーパーとの力の差は歴然としています。そこでコンビニが戦略的に取り組んだのが機能付与です。今や当たり前となった宅配便の受け付けや銀行のATM設置も初めは冒険であったに違いありません。コロンブスの卵はほかにもあります。住民票の交付などの役所の仕事の肩代わりです。こうした分野は今後も機能付与のキーワードのもと、つぎつぎと発展していくに違いありません。しかしコンビニは、やみくもにあらゆる分野に機能付与をおこなおうとしているわけではありません。物事の本質はその名前に宿るといいます。コンビニエンスストアも例外ではありません。お客にとってコンビニエントであること、その分野に特化した機能付与だけが発展継続していることには驚かされます。(つづく)

「渚探訪:3

 わたしはコンビニを成功に導いたキーワードは、機能付与以外にもう一つあると思っています。それは多店舗展開です。単なる結果としか思えない多店舗展開が、なぜドライブとしてのキーコンセプトになり得るのか?それは、どこにでもあるという事実が、お客と店を結びつける最も重要な要素である安心感に、密接につながっていると考えるからです。

 ついでの話ですが、その安心感が思わぬ二次的な効果を生み出しているようです。日中は家から一歩も出ない引きこもりが、夜になるとコンビニにだけは出かけていくそうです。事実夜中のコンビニでは、週刊誌を立ち読みするそれらしき若者の姿を多く目にします。もしそれが事実であれば、賛否両論はあるにしても、世の中に自分の居場所を見つけられない若者に、つかの間であっても社会と接する場を与えていることになります。そしてそれは、医療の俎上に上らない症例に、社会そのものが治癒力を発揮しているとも言えるのではないでしょうか?

狭いのに懐の大きな都会のオアシス、それがもう一つのコンビニの姿であるように思います。私のこの分析が的を射たものか、まったく的外れなものか、折があったらきちんと調べてみたいと思います。(つづく)

「渚探訪:4

さて、つぎに訪れるのは、医療の渚、待合室です。ここは空間的な渚であるのと同時に、人と人の間に横たわる心理的な渚でもあります。待合室の特殊性は、息の詰まる医療の中にあって、無限の可能性を秘めながら、いまだ手つかずの未開の原野であるというところにあります。ここをみんなで力を合わせて開拓してみませんか?さいわい待合室は全国どこにでもあります。多少敷居は高いかもしれませんが(多少じゃないだろう!という声が聞こえてきます)、知名度と信頼度は抜群です。あとはコンビニと同じような多機能の付与を、どのように行うかということです。

われわれの「待合室を変えようプロジェクト」はこのような背景ではじまり、すでにいくつかのテーマが提唱されています。たとえば、アメニティ空間としての待合室、PRの場としての待合室、情報端末機としての待合室、コミュニティの場としての待合室、学びの場としての待合室、ニュースソースとしての待合室、etc.

このプロジェクトを社会運動に昇華させるためには、知恵を超越した智慧が必要であると思います。本質は名前に宿る。待合室を単に待つだけの場から、合わせる場に変えたいと思います。みなさまのお力をお貸しいただきますようお願いいたします。(つづく)

「渚探訪:5

 待合室を患者と医療者の渚、社会と医療機関の渚ととらえ、コンビニにおける成功事例に学んで、そこに従来存在しなかった機能を付与することで新しい価値を生み出し、さらにそれを社会全体に広めて、多くの人を巻き込んでの社会運動へと拡大させていく場合、絶えず心がけていかなければならないのは、それに携わる多くの人たちに、経済的な負担をかけてはならないということです。経済的な裏付けのない理想論は砂上の楼閣です。

 待合室の数は開業医レベルで10万ほど、病院レベルでは総合待合室は9000ほどですが、各科の個別待合室を合わせると優にその10倍は越えます。アメニティ空間としての待合室を実現する建築関係のグループにとっては、仮に一部のリフォームを手掛けるだけで、将来的には大きな発展の見込めるチャンスであると思います。また、一日当たり1000万人の受診者の目に留まるということは、視聴率で言えば約10%ですから、PRの場としての待合室というものも、経済的に十分ペイするマーケットであると思います。さらに、そこのドクターやナースを出演させて、その医療機関に特化した患者教育用ビデオを作れば、患者の関心はより一層強いものになることでしょう。そのように考えれば、待合室を変えようプロジェクトはけっこう優良な事業プロジェクトと言えるかもしれません。(つづく)